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第59回 「普通に喋って普通に食べていました」

ほんまち訪問看護ステーション 所長 菊池 泰子

 昨年の11月から12月にかけての5日間、渋谷区立代々木中学校の2年生の職場体験学習を受け入れることになり、14歳の男子生徒がほんまち訪問看護ステーションにやってきました。

●何を体験してもらおうか 100507_now_a.jpg

 ほんまち訪問看護ステーションでは、看護学生の在宅実習は、毎年3校10数名を受け入れていますが、中学生の職場体験学習の受け入れは初めての経験でした。看護学生の在宅看護実習は、わずかに3日間、かたや中学生の職場体験は5日間、何を体験してもらおうか少し悩みましたが、「百聞は一見にしかず」訪問看護の実際を見学してもらい、訪問看護師の具体的な仕事を知ることで、看護に興味を持ってもらえればと考え、5日間毎日同行訪問を体験してもらいました。
 ちなみに、中学校からいただいた資料によると、「職場体験学習とは、生徒が、自分の生き方や進路に対する意識、進路選択能力等を向上させるため、事業所等の職場で働くことを通して、職場や仕事の実際について体験したり、働く人々と接したりする学習活動のことをいい、キャリア教育推進のための方策のひとつとされています」と書かれています。
 東京都の調査によれば、平成20年度における公立中学校での職場体験学習の実施率は99.0%となっているそうです。


●サッカー少年の緊張

 職場体験でやってきた男子中学生(以下S君)はサッカー少年(クラブチーム所属)で、明るくきちんと挨拶のできる子でしたが、ベテラン看護師の雰囲気に圧倒され、とても緊張している様子でした。初日の1件目は104歳の認知症の女性の利用者のお宅へ訪問しました。その年齢の方が、元気に話をしていることに驚いていました。100歳を超えた人に直接会ったのが初めてで、どんなふうに生活しているのか想像もつかなかったそうです。S君いわく『普通に喋って普通に食べてました!』と。
 次は、91歳で一人暮らしをしている男性の利用者さん宅へ。利用者さんはご自分のひ孫ほどの中学生の訪問を大変喜んでくださり、訪問看護師が今まで聞いたことのない戦争体験を、いつになく身を乗り出して話してくださいました。


●「今日は来ないの?」とがっかりする利用者さん

 S君と同行訪問すると、どの利用者もとてもうれしそうに喜んでくださり、最高の笑顔で迎えてくれます。中には、次の週も待っていて、「今日も来ると思ってお菓子を買っておいたのに、今日は来ないの?」と、がっかりした様子の利用者さんもいらっしゃいました。
 S君は訪問看護の職場体験で、高齢者とこんなに会うことも、知らないお宅へ訪問することも、血圧を測ったり、足浴をすることも、すべて初めての経験で、驚いたり、緊張したりの毎日だったようです。その中でも彼が一番嬉しくて印象に残ったと言ってくれたのが、『自分が訪問することを、ものすごく喜んでくれる、おじいさん・おばあさんに会えたこと』。そして、看護師という職業も、彼の将来の選択肢に入れてもらえたようです。


●嬉しさの風が吹いた

 人と人の出会いは不思議です。思いもかけず、中学生がやってきて、利用者さんがとても嬉しくなって、その嬉しさが中学生に伝わって、その様子を見て訪問看護師も嬉しくなって、想像もしなかった嬉しさの風が吹きました。
 この経験で、中学生がこんなにも高齢者をエンパワメントする力があるということを再認識しました。また、受け入れてくれた利用者さんから、中学生も大きな力を得たのではないかと思います。職場体験学習に訪問看護という場を提供することで、人と人が支えあうことの意味を感じてもらえたらと思います。
 身近に異世代との交流の場があり、お互いのことを理解できたら、そしてその輪を広げることができたら、今起きている社会問題のいくつかは解決できるのではないかと思うような新鮮な体験でした。

看護NOW