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第70回 民医連で働き続けて

みさと協立病院 看護師 大橋由美子

 民医連で働き始めて10年以上が経ちました。それまでは、公立病院で働いていましたが、子どもが病気でも休ませてもらえず、低体温にさせ生命の危機にまで陥らせたことがありました。この病院に居たら子どもが殺されてしまうと思い、退職しました。

 5年間のブランクがありましたが、看護師に戻りたくて病院を探している時、たまたま近くにみさと協立病院があったため面接に行き、精神科病棟でパートからのスタートとなりました。


●今からでも遅くない

 カンファレンスでは医師を含む他職種が参加し、患者さん一人ひとりについて、病態や治療方針など丁寧に検討している光景に愕然としました。今まで患者さんのために、こんなに話し合ったことはあっただろうか、毎日の業務に追われ患者さんを機械的に扱っていたのではないか、と今までの私のやっていた看護が否定されたようなショックを受けました。

 また、スタッフも理解のある病院で、子どもが病気でも休みやすく、夜勤も相談に応じてくれ、私の心にも余裕が出て、自然と笑顔が増えてきたように思います。自分に余裕がなければ良い看護ができません。こんな近くに働きやすい病院があったなんて、どうしてもっと早く気付かなかったのだろうと後悔しました。でも、今からでも遅くない。患者さんと、じっくり向き合い、患者さんの立場に立った親切でより良い看護・あきらめない看護を心がけていこうと誓いました。


●精神デイケアでのやり甲斐

 現在は、精神デイケアに勤務していますが、病棟同様、患者さんのことを一番に考え社会復帰できるように頑張っています。困難事例もたくさんありますが、困難な患者さんほど、やり甲斐があります。

 現在、受け持っている30代の発達障害(アスペルガー)のAさん。母親から働くように言われ逆上し、家庭内暴力が始まり、施設に強制収容されました。家族が施設退所を申し出ますが受け入れてもらえず、母親の主治医が交渉し、行政の反対を押し切って退所にこぎつけました。しかし、施設に入れられた恨みからか、家庭内暴力が再度始まり、家族が家を出て、外来からデイケアに依頼がありました。

 現在、Aさんは、老人病棟のスタッフ、患者さんの力を借りながら、週2回2時間のボランティアをさせてもらっています。1ヵ月くらい経ち、自信もついてきたようです。暴力はほとんどなくなり、家族も時々家に顔を出すようになりました。就労にこぎつくまでには、まだまだ問題が多く、時間がかかりますが、Aさんの本来の姿が戻ってきたことに感動しています。


●チーム医療の素晴らしさを日々感じながら

 Aさんは、民医連の病院でなかったら、施設に入れられたまま一生を過ごしていたのでしょうか。人間は誰だって自分で回復する力を持っているので、その持っている回復力を上手に引き出すことも看護師の役割だと思っています。民医連の「患者さんの立場に立った親切でより良い看護・あきらめない看護」を心がけているからこそ、できたことだと思います。民医連のチーム医療の素晴らしさを日々感じています。

 精神障がい者が地域で当たり前に、その人らしく生きられるように、今後も民医連の一員として援助し続けていきたいと思っています。

看護NOW