今年は、ますますパワーアップした夏になりそうで、まだ6月だというのにすでに猛暑。訪問診療の患者さんも体調不良を訴える方が多くなり、対応に追われる毎日である。

そんなある日、あるケアマネより連絡があり、「2週間位前から食欲がなく、ぐったりしてきている方がいる。在宅で暮らしたいと希望している。新規の方だが本日往診をお願いできないか」とのこと。この日、臨時往診の依頼もあり、すでに10件以上になっていたが、受け入れることにした。
85歳男性、家族と同居。糖尿病、認知症でM病院の受診歴あり。訪問時、かすかに目を開けて視線も合っていたが、全身の発汗多量、四肢の冷感が強い。左腸骨の褥創が大きく、皮膚の剥離もあり、黒色の便があり、脈は微弱、早々に救急車を呼んだ。M病院の主治医と連絡がとれたが時間外ということで断られ、K病院に搬送されたが、2時間後に永眠され検死扱いとなった。
数日後、家族が診療所に来院され、胃がんであったことを話され、往診についてとても感謝されていた。もっと早くに往診依頼があれば、在宅で看取ってあげられたのにと、悔やまれる症例であった。
●まずは信頼関係を結ぶことから
友の会の紹介で、大家さんからアパート住民への往診依頼があった。Sさんは90歳で認知症があり、唯一信頼しているM医師の所へは、気が向けば頚椎牽引や薬をもらいに行くが、ほとんど内服していない。10年前に奥さんに先立たれ、子どももなく一人暮らし。4年くらい前から部屋は散らかり放題、壁紙はセピア色、汗と便尿失禁で万年床はじめじめ、畳も波打っている状態だ。もちろん冷房、扇風機もない。冷蔵庫は壊れ電源が入らない。部屋は悪臭が立ち込め、窓と入口を開け自然の風で過ごしている。
大家さんの願いは、「最近あまり食べられないし、元気もないから入院して元気になってほしい。そしたらこの部屋も入院中にきれいにできるし、快適に過ごせると思う」とのこと。しかしSさんは、「困っていることは何一つない。ここまで生きたからどうなってもいい。何しに来た!」と怒鳴る。区の職員もケアマネも手をこまねいており、本人の意思も一筋縄では動かない。私たちは長い目で、まず信頼関係を結ぶことから始めようと、安否も含め毎週往診に入ることとした。
●体力、気力勝負
1、2回目の往診は、「また来たか」とぶっきらぼうであった。信頼している「M先生に頼まれてきました」と話すと、表情が少し和んだ。言葉少なく攻撃的であったが、回を重ねるごとに、戦争時代の話など自分のことを少しずつ話してくれるようになり、先日はすてきな声で歌まで歌い、上機嫌。サービス提供や、採血は頑固として拒み続けているが、あきらめず、話かけを続けようと思う。
土曜日の往診時に、きれいにお化粧した清楚な老女が遊びに来ていた。「心配だから毎週来ています」と言い、「歌う会」の友人ということであった。あまりにもミスマッチで驚いた。元気だった頃のSさんに興味を覚えた。
猛暑のため熱中症で多くの方が倒れている中、過酷な環境に見えるのにSさんはなぜかバテていない。しかし、この状態がいつまで続くか...。劣悪な環境の中で、暑さとのたたかいはこれからも続く...何をするにも、お互い体力、気力勝負になりそうだ。