「平田さん(仮名)のディズニーシーへの外出計画を立てています」とチームから報告を受けたとき、正直驚いた。平田さんは、50代男性、胃がんの終末期の患者さんである。私は尋ねた。「ホントに行きたいと言ってるの?」「ホントに行きたいと言っています!」それが答えだった。

平田さんと出会ってから、1年以上になる。単身赴任先で胃がんが見つかり、当院へ転院。手術を受けて、その後は化学療法のため、入院や外来通院を繰り返していた。辛いことも冗談のように話す、明るい印象の男性だった。今回の入院では、がんが進行し、吐き気や食欲不振が見られ、平田さんと家族に、予後は数ヵ月だろうと告知された。
平田さんは中心静脈栄養や胃管は入っているものの、疼痛のコントロールができていたので、介護保険を利用して自宅退院することを、私たちは考えた。しかし、奥さんも子どもたちも働かなければならないため、介護はできないと言う。本人も「帰りたい」とは言わない。家族との関係があまり良くないことに気づいていた私たちは、強引に退院をすすめられなかった。
●ディズニーシーへの外出計画
つぎに浮上したのが、この「シーに外出計画」だった。ディズニーグッズが好きな平田さんは、「ディズニーシーに行きたい」と話す。しかし、「患者さんの願いをかなえるのは当たり前」と思っていた私たちには、いくつものハードルがあった。
カンファレンスで、「外出計画は、患者さんや家族が主体になるべきだ」「スタッフがボランティアでついていくのはおかしい」「交通事故にあったらどうする?」「家族が痛みや息苦しさに対応できないと無理」「急変する可能性もある」などの具体的な頭の痛い意見が出された。毎日のようにカンファレンスが行われ、外出計画ノートに書き込まれた。そして、乗り気でなさそうな家族へのアプローチが始まった。
●私たちは忘れない
計画をたてはじめて3週間後、外出の日は冷たい雨の降る日だった。平田さんは、完全武装で車いすに乗り、家族とともに介護タクシーで、ディズニーシーに向かった。
「いい思い出になったよ」と、出かけたときの様子を話してくれた平田さんは、それから2週間あまりで、力つきたように息を引き取った。私たちは、「外出で急変しても、何もしなくていい。行かないで後悔するより、行って後悔がないようにしたい」と話していた平田さんに共感し、応援した。これで良かったのか、家族へのアプローチも行き過ぎていなかったか、わからない。ただ人生最期の外出先にディズニーシーを選んだ平田さんを、私たちは忘れないだろう。