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第88回 「家族の力」ってすばらしい!!

たんぽぽ訪問看護ステーション 佐藤木綿子


 「おとうちゃんの娘でよかったよ。いままで、皆のこと守ってくれてありがとね」


 「孫たちが、おじいちゃんの作る寿司が一番おいしいって」


 前日に他県から駆けつけていた長女の方が、ベッドのお父さんに必死に声をかけています。就学前や小学生、中学生のお孫さんたちが総勢6、7人で周りを取り囲み、会話を神妙な面持ちで聞いています。声ならぬ声で、振り絞るように「ありがと、みんなありがとう」と精一杯の笑顔で応えているAさん。それを見守るお孫さんの中には、永遠の別れを予感して、涙ぐむ姿もありました。臨時往診で出されたセレネース注射が効いたのか、Aさんの表情にも安らぎがうまれ、家族との穏やかな時間が静かに流れていました。

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●肺がん終末期のAさん

 80代のAさんは、江戸っ子の元寿司職人。奥さんとの二人暮らしです。今年3月に肺がん終末期との宣告を受け、9月下旬から訪問看護を開始し、わずか2週間で帰らぬ人となりました。

 急に呼吸困難感が強くなったのは、亡くなる前日の夕方。液体のオピオイドを口にしても効くのはほんのひと時。喘鳴もおさまりません。奥さんは不安そうに、病院へ行くことを勧めましたが、Aさんは、断固として同意しません。奥さんは、「病院に行くと呼んでもすぐに来てもらえないから、この人は行きたくないんだよ」「気も遣う人でね」と、Aさんの思いもわかっていました。

 看護師は不安そうな奥さんの顔色をうかがいながら、急きょ、吸引を指導しました。近所に住む次女さんも駆けつけ、「大丈夫。すぐ覚えられるよ」と後押しし、奥さんはあっという間に吸引チューブを操作していました。また、説明しながら座薬を挿肛しましたが、奥さんは看護師の声に真剣に耳を傾け、手の動きを真似していました。Aさんの気持ちを尊重したいという思いと、次女さんの見守りで、奥さんの気持ちが前に出たように思いました。


●家族に囲まれ、眠っているかのように…

 その日の夕方6時、再度訪問しましたが、状態は、酸素飽和度も測定できず、血圧も落ち始めていました。医師と連絡をとり、鎮静の相談となりました。Aさんは、はっきりと首を縦に振ってそれを望みました。奥さんも「苦しいのを取ってほしい」と、涙ながらに同意しました。

 この後医師の往診があり、セレネースが開始されました。そして、翌朝息を引き取られました。エンゼルケアに駆け付けると、ご家族皆さんでAさんとお別れしていました。ベッドのAさんの表情は、まるで眠っているかのようでした。きっと、前日にご家族ともお別れができ、安堵して逝かれたのでしょう。


●在宅看取りを可能にした家族の絆

 老々介護で負担感も大きいうえに、当初、夫の死そのものを受け止められなかった奥さんです。スタッフの間では在宅看取りは困難と思われていました。しかし、Aさんとご家族の強い絆が原動力となって発揮された家族の力、奥様の覚悟を見ることができました。

 今回、家族の絆とその潜在力に感動し、それを引き出すことこそが看護師の役割だと改めて考えさせられたケースでした。Aさんを看取り、この学びを経験でき、感謝の気持ちで一杯です。

看護NOW