みさと協立病院 看護師:辻口 梨紗
入院患者の平均年齢が70歳を超える療養病棟に、30代のA氏が入院された。
A氏は感染性心内膜炎から多発脳梗塞を発症。その後も脳出血や脳動脈瘤破裂に伴う手術などを繰り返しているうちに、回復期病棟へ入院できる期間を過ぎてしまった。「もう治らない」と宣告され転院してきたA氏は、左片麻痺・気管切開・胃瘻・左半側空間無視・高次脳機能障害の状態で、表情は硬く、気管切開のため発語はできず、コミュニケーションはうなずき程度、ADLは全介助、高次脳機能障害のためホワイトボードの活用もままならない状況だった。
関わりの糸口が見出せない私たちはカンファレンスを繰り返し、病状が厳しいため、当然受けられたはずのリハビリの期限を過ぎてしまい、回復への機会を取り上げられているA氏の置かれている「今」について話し合った。ここで諦めてしまったら、A氏の回復への権利を奪ってしまう、私たちが最期の砦なのだと自覚し、改めてA氏の思いを聞く工夫から始めた。
まずは、昼夜のメリハリをつけ、日中の活動を増やすようにした。睡眠薬が減量できた頃から徐々にA氏からジェスチャーや口パクでの返答がみられるようになり、入院75日目には、気切部に手を当て「こんにちは。ありがとう」という発語が聞かれた。そこからは、排痰訓練や嚥下訓練、排泄訓練を行い、最終的には自分で立てた①3食とも常食を食べる②トイレで排泄する③自分で更衣する④座ってお風呂に入るという目標を全てクリアし、2年2ヶ月ぶりに自宅に退院できた。
入院当初のA氏は心を閉ざし、無気力に見えた。しかし、粘り強く願いに耳を傾け、目標に向けてチーム全員で応援した。A氏の頑張りと笑顔は私たちチームの原動力でもあった。
A氏の声を初めて聞いた時は涙が出るほど嬉しかった。チームで悩み、チームで支え、チームで喜び合うことができ、自分たちの看護・介護に自信と展望をもたらしてくれたA氏との出会いだった。

みさと協立病院看護師の辻口梨沙さん